ブラックロックの会長兼CEOであるラリーフィンク氏は、シティグループとのレジェンドライブで、自身のキャリアを通じて学んだ経営哲学、技術革新の力、そしてデジタル資産への見方の転換について語った。12.5兆ドルの運用資産を擁する投資の巨人が、いかにしてその地位を築き、今後の市場をどう見通しているのか。ラリーフィンクの経営戦略と投資思想の真髄に迫る対話の要点をまとめた。## 若き日のキャリアから学んだリーダーシップの本質ラリーフィンクのリーダーシップ哲学は、幼少期の家庭環境に大きく影響されている。社会主義者で心が広かった両親は、学業成績と個人の責任の二つを強調し、「大人になって幸せでなければ、それは親のせいではなく、自分のせいだ」と教えた。この教えが自立心を育み、10歳から靴屋で働き始めた経験が、顧客対応と人間関係構築の基礎を形成した。1976年1月、ニューヨークでの就職面接時に初めて雪を見たという典型的な西海岸の青年ラリーフィンク。ファースト・ボストンに配属されると、わずか3人の住宅ローン部門で刺激的なキャリアをスタートさせた。当時のウォール街の投資銀行の総資本は約2億ドル程度。27歳で最年少のマネージングディレクターに、31歳で執行委員会に参加するなど、順調な昇進を遂げた。しかし、成功がもたらした傲慢さが、後の大きな教訓へと繋がることになる。1986年第2四半期、最高益を更新していた部門で突如1億ドルの損失を計上した。利益時代には英雄視されていたが、損失を出すと従業員の80%が支持を撤回。ここでラリーフィンクは二つの厳しい現実に直面した。一つ目は、市場の変化に思考が追いついていなかったこと。二つ目は、ライバルシェア獲得の野心に目がくらんだことである。この失敗を通じて、ラリーフィンクは組織の脆弱性、特にリスク管理ツールの不足を痛感した。この経験が、後にブラックロック成長の土台となるリスク管理文化の醸成へと導いた。## リスク管理ツール開発がブラックロックを生んだファースト・ボストンでの失敗後、ラリーフィンクは1年半をかけてキャリアを再構築した。ウォール街の複数企業からパートナーオファーを受けたが、従来の道を繰り返すべきではないと判断。バイサイド市場への転向を決意し、スティーブ・シュワルツマンに連絡を取った。ブラックストーン設立に際し、創業者の一人として参画したラリーフィンク。創業当初、従業員8人のうち技術者はわずか2人だったにもかかわらず、1988年に登場したばかりのSunSparkワークステーション(2万5000ドル)に投資した。このテクノロジーへの先制的投資が、独自のリスク管理ツール開発を可能にし、ブラックロック創立時のDNAとなったのである。ウォール街を真に変えたのはパーソナルコンピュータであった。ラリーフィンクは、1983年の住宅ローン部門でのコンピュータ導入が、キャッシュフロー再構築能力と金利スワップなどのデリバティブ取引を生み出したと語る。セルサイド(証券会社側)のテクノロジーがバイサイド(運用会社側)のテクノロジーより常に先行していたという市場の現実を見抜き、ブラックロックはリスクツール開発を基盤として設立された。## アラジン・プラットフォームと2008年金融危機での政府支援1994年、GEの子会社キダー・ピーボディの倒産時に、ラリーフィンクはアラジンシステムの力を証明した。ゴールドマン・サックスが起用されると見られていたなか、ブラックロックは独自のリスク分析プラットフォームを活用し、不良資産の清算を任された。ラリーフィンク自身が「コンサルティング料は成功後に支払う」と提案し、9ヶ月後にはポートフォリオが利益を生み始め、最終的にGE史上最高額のコンサルティング料を獲得した。リーダーシップ継続の重要な判断として、ラリーフィンクはアラジンシステムをすべての顧客と競合他社に開放する決定を下した。この透明性へのコミットメントが、2008年の金融危機で政府からの信頼を獲得する基盤となった。ベア・スターンズ危機では、JPモルガン・チェースからの依頼でポートフォリオ分析を急遽支援。金曜日と土曜日の緊急分析の傍ら、財務省とFRBと同時連絡を取った。日曜午前6時のティムからの電話で政府直接雇用が決定し、ブラックロックは米国政府の金融危機対応を全面的にサポート。その後、AIG再建、英国・オランダ・ドイツ・スイス・カナダ政府の危機対応を次々と請け負った。## AI時代の投資戦略転換と資産配分の民主化ラリーフィンクが指摘する今後の投資と資産管理を変える最大のトレンドは、AI(人工知能)と金融資産のトークン化である。ブラックロックは2017年にスタンフォード大学にAIラボを設立し、12.5兆ドルの膨大な取引データを分析するアルゴリズム開発に着手した。AI時代において、投資家に求められるのは「市場が完全に理解していない情報を探り出す能力」である。従来の情報(古いニュース)では超過収益は生み出せない。ラリーフィンクのシステマティック株式運用チームは12年連続で市場をアウトパフォーム。AIアルゴリズムとビッグデータ分析は、過去10年でファンダメンタルズ重視の運用会社の95%を上回るリターンを実現している。しかし、野球の打率30%維持の難しさと同様に、投資でも常なる優位性の維持は稀である。ファンダメンタルズ投資の多くが手数料控除後で悲惨なリターンに甘んじているのが、アクティブ運用衰退の根本原因だ。もしアクティブ投資が本当に機能していれば、ETFの急成長はあり得なかった。プライベート・エクイティ分野での買収戦略も、この民主化トレンドの一環である。2009年のBGI買収により、iSharesの規模は3400億ドルから5兆ドル近くへ拡大。Prequin、E-Frontの買収により、公的資産と非公開資産の統合管理が加速し、個人投資家から機関投資家まで、あらゆる投資家のポートフォリオ最適化が実現可能になった。## ビットコイン観が変わった理由、デジタル資産の本質的価値ラリーフィンクのビットコインに対する見方の転換は、パンデミック中の深刻な思索によってもたらされた。かつて2017年、ジェイミー・ダイモン氏との対話で彼は「マネーロンダリングと窃盗のための通貨」と厳しく批判していた。しかし、パンデミック中の調査により視点は一変した。アフガニスタンの女性がタリバンによる就労禁止を回避するため、被雇用者の給与をビットコインで支払ったという事例。銀行システムが統制された環境において、暗号資産がアクセス可能な唯一の解決策となったのである。ビットコインはもはや「通貨」ではなく、不確実な未来に対する「ヘッジ資産」である。人々は国家安全保障や通貨下落への懸念からビットコインを保有する。ブロックチェーン技術の代替不可能な価値を、ラリーフィンクは次第に認識するようになった。現在のBTC価格は89.44K(2026年1月時点)。ラリーフィンクは、20~30年で資産価値が上昇すると信じないなら、なぜ投資するのかと問いかける。急速に変化し、リスクの高い環境下では、継続的な学習が不可欠であり、古い観念にしがみつくべきではないという哲学が、ビットコイン観の転換に表れている。## ラリーフィンクが描く未来の資産運用と継続的な学習の重要性ラリーフィンクのリーダーシップ原則の核心は「日々の学習」である。停滞は後進を意味し、大企業経営に一時停止のボタンはない。50年間の業界経験を持つ彼でも、毎日ベストを尽くすことを自らに課す。資産運用業界の本質は結果志向である。資本回転率や取引量ではなく、具体的なパフォーマンスで利益が決まる。この業界では、権威と発言力は日々新たに獲得されるものであり、決して当然視すべきではないとラリーフィンクは強調する。米国の経済成長率が3%を維持し続けられなければ、財政赤字問題が国を圧倒することになるだろう。2000年の8兆ドルから25年で36兆ドルへと膨張した財政赤字、米国債の20%を保有する外国による利子。ステーブルコインと通貨のデジタル化によるドルの役割低下——こうした複合的リスクに直面する中で、民間資本の解放と規制簡素化が急務である。ラリーフィンクが董事会に招聘するシスコのCEOやエスティ ローダー元CEOなど、多分野の専門家との対話を通じ、継続的な学習と視点の更新を重ねている。このプロセスへの全力投入こそが、業界における影響力と発言権を維持する唯一の方法である。ビットコインへの観点転換から、AIとデジタル資産の融合戦略まで、ラリーフィンクの思想は常に市場の最前線で進化し続けている。
ラリーフィンクが語るビットコインは「不確実性へのヘッジ」、12.5兆ドルの巨人の投資哲学
ブラックロックの会長兼CEOであるラリーフィンク氏は、シティグループとのレジェンドライブで、自身のキャリアを通じて学んだ経営哲学、技術革新の力、そしてデジタル資産への見方の転換について語った。12.5兆ドルの運用資産を擁する投資の巨人が、いかにしてその地位を築き、今後の市場をどう見通しているのか。ラリーフィンクの経営戦略と投資思想の真髄に迫る対話の要点をまとめた。
若き日のキャリアから学んだリーダーシップの本質
ラリーフィンクのリーダーシップ哲学は、幼少期の家庭環境に大きく影響されている。社会主義者で心が広かった両親は、学業成績と個人の責任の二つを強調し、「大人になって幸せでなければ、それは親のせいではなく、自分のせいだ」と教えた。この教えが自立心を育み、10歳から靴屋で働き始めた経験が、顧客対応と人間関係構築の基礎を形成した。
1976年1月、ニューヨークでの就職面接時に初めて雪を見たという典型的な西海岸の青年ラリーフィンク。ファースト・ボストンに配属されると、わずか3人の住宅ローン部門で刺激的なキャリアをスタートさせた。当時のウォール街の投資銀行の総資本は約2億ドル程度。27歳で最年少のマネージングディレクターに、31歳で執行委員会に参加するなど、順調な昇進を遂げた。
しかし、成功がもたらした傲慢さが、後の大きな教訓へと繋がることになる。1986年第2四半期、最高益を更新していた部門で突如1億ドルの損失を計上した。利益時代には英雄視されていたが、損失を出すと従業員の80%が支持を撤回。ここでラリーフィンクは二つの厳しい現実に直面した。一つ目は、市場の変化に思考が追いついていなかったこと。二つ目は、ライバルシェア獲得の野心に目がくらんだことである。
この失敗を通じて、ラリーフィンクは組織の脆弱性、特にリスク管理ツールの不足を痛感した。この経験が、後にブラックロック成長の土台となるリスク管理文化の醸成へと導いた。
リスク管理ツール開発がブラックロックを生んだ
ファースト・ボストンでの失敗後、ラリーフィンクは1年半をかけてキャリアを再構築した。ウォール街の複数企業からパートナーオファーを受けたが、従来の道を繰り返すべきではないと判断。バイサイド市場への転向を決意し、スティーブ・シュワルツマンに連絡を取った。
ブラックストーン設立に際し、創業者の一人として参画したラリーフィンク。創業当初、従業員8人のうち技術者はわずか2人だったにもかかわらず、1988年に登場したばかりのSunSparkワークステーション(2万5000ドル)に投資した。このテクノロジーへの先制的投資が、独自のリスク管理ツール開発を可能にし、ブラックロック創立時のDNAとなったのである。
ウォール街を真に変えたのはパーソナルコンピュータであった。ラリーフィンクは、1983年の住宅ローン部門でのコンピュータ導入が、キャッシュフロー再構築能力と金利スワップなどのデリバティブ取引を生み出したと語る。セルサイド(証券会社側)のテクノロジーがバイサイド(運用会社側)のテクノロジーより常に先行していたという市場の現実を見抜き、ブラックロックはリスクツール開発を基盤として設立された。
アラジン・プラットフォームと2008年金融危機での政府支援
1994年、GEの子会社キダー・ピーボディの倒産時に、ラリーフィンクはアラジンシステムの力を証明した。ゴールドマン・サックスが起用されると見られていたなか、ブラックロックは独自のリスク分析プラットフォームを活用し、不良資産の清算を任された。ラリーフィンク自身が「コンサルティング料は成功後に支払う」と提案し、9ヶ月後にはポートフォリオが利益を生み始め、最終的にGE史上最高額のコンサルティング料を獲得した。
リーダーシップ継続の重要な判断として、ラリーフィンクはアラジンシステムをすべての顧客と競合他社に開放する決定を下した。この透明性へのコミットメントが、2008年の金融危機で政府からの信頼を獲得する基盤となった。
ベア・スターンズ危機では、JPモルガン・チェースからの依頼でポートフォリオ分析を急遽支援。金曜日と土曜日の緊急分析の傍ら、財務省とFRBと同時連絡を取った。日曜午前6時のティムからの電話で政府直接雇用が決定し、ブラックロックは米国政府の金融危機対応を全面的にサポート。その後、AIG再建、英国・オランダ・ドイツ・スイス・カナダ政府の危機対応を次々と請け負った。
AI時代の投資戦略転換と資産配分の民主化
ラリーフィンクが指摘する今後の投資と資産管理を変える最大のトレンドは、AI(人工知能)と金融資産のトークン化である。ブラックロックは2017年にスタンフォード大学にAIラボを設立し、12.5兆ドルの膨大な取引データを分析するアルゴリズム開発に着手した。
AI時代において、投資家に求められるのは「市場が完全に理解していない情報を探り出す能力」である。従来の情報(古いニュース)では超過収益は生み出せない。ラリーフィンクのシステマティック株式運用チームは12年連続で市場をアウトパフォーム。AIアルゴリズムとビッグデータ分析は、過去10年でファンダメンタルズ重視の運用会社の95%を上回るリターンを実現している。
しかし、野球の打率30%維持の難しさと同様に、投資でも常なる優位性の維持は稀である。ファンダメンタルズ投資の多くが手数料控除後で悲惨なリターンに甘んじているのが、アクティブ運用衰退の根本原因だ。もしアクティブ投資が本当に機能していれば、ETFの急成長はあり得なかった。
プライベート・エクイティ分野での買収戦略も、この民主化トレンドの一環である。2009年のBGI買収により、iSharesの規模は3400億ドルから5兆ドル近くへ拡大。Prequin、E-Frontの買収により、公的資産と非公開資産の統合管理が加速し、個人投資家から機関投資家まで、あらゆる投資家のポートフォリオ最適化が実現可能になった。
ビットコイン観が変わった理由、デジタル資産の本質的価値
ラリーフィンクのビットコインに対する見方の転換は、パンデミック中の深刻な思索によってもたらされた。かつて2017年、ジェイミー・ダイモン氏との対話で彼は「マネーロンダリングと窃盗のための通貨」と厳しく批判していた。
しかし、パンデミック中の調査により視点は一変した。アフガニスタンの女性がタリバンによる就労禁止を回避するため、被雇用者の給与をビットコインで支払ったという事例。銀行システムが統制された環境において、暗号資産がアクセス可能な唯一の解決策となったのである。
ビットコインはもはや「通貨」ではなく、不確実な未来に対する「ヘッジ資産」である。人々は国家安全保障や通貨下落への懸念からビットコインを保有する。ブロックチェーン技術の代替不可能な価値を、ラリーフィンクは次第に認識するようになった。
現在のBTC価格は89.44K(2026年1月時点)。ラリーフィンクは、20~30年で資産価値が上昇すると信じないなら、なぜ投資するのかと問いかける。急速に変化し、リスクの高い環境下では、継続的な学習が不可欠であり、古い観念にしがみつくべきではないという哲学が、ビットコイン観の転換に表れている。
ラリーフィンクが描く未来の資産運用と継続的な学習の重要性
ラリーフィンクのリーダーシップ原則の核心は「日々の学習」である。停滞は後進を意味し、大企業経営に一時停止のボタンはない。50年間の業界経験を持つ彼でも、毎日ベストを尽くすことを自らに課す。
資産運用業界の本質は結果志向である。資本回転率や取引量ではなく、具体的なパフォーマンスで利益が決まる。この業界では、権威と発言力は日々新たに獲得されるものであり、決して当然視すべきではないとラリーフィンクは強調する。
米国の経済成長率が3%を維持し続けられなければ、財政赤字問題が国を圧倒することになるだろう。2000年の8兆ドルから25年で36兆ドルへと膨張した財政赤字、米国債の20%を保有する外国による利子。ステーブルコインと通貨のデジタル化によるドルの役割低下——こうした複合的リスクに直面する中で、民間資本の解放と規制簡素化が急務である。
ラリーフィンクが董事会に招聘するシスコのCEOやエスティ ローダー元CEOなど、多分野の専門家との対話を通じ、継続的な学習と視点の更新を重ねている。このプロセスへの全力投入こそが、業界における影響力と発言権を維持する唯一の方法である。ビットコインへの観点転換から、AIとデジタル資産の融合戦略まで、ラリーフィンクの思想は常に市場の最前線で進化し続けている。